安曇野穂高神社から中房渓谷へ(1)
平成27年(2015)10月、安曇野の穂高神社に行く。穂高神社を祀った氏族は安曇族という氏族で、
鮮半島の百済(くだら)が新羅(しらぎ)に攻められたときに安曇族大将軍の安曇比羅夫が百済に救援に向かったが、
白村江の戦で敗れ戦死してしまった。穂高神社の例大祭は「御船祭」という大きな船形の山車を
ぶっつけ合う勇壮な祭りだが、本祭9月27日は安曇比羅夫が戦死した命日といわれている。
境内入口にある木造の鳥居の奥に新装なった神楽殿がある。
その先に拝殿がある。
平成21年に行われた大遷宮祭にあわせて127年振りに増改築された。
穂高神社の右隣に神社の資料館である御船会館がある。
ここには穂高神社の例大祭である「御船祭」に曳きだされる御船(山車)を展示してある。
御船には穂高人形という多くの人形が毎年新しく作られて大河ドラマなどの一場面が展示されている。
穂高神社から「水色の時」道祖神に行く。ここには昭和50年(1975)のNHK連続テレビ小説
「水色の時」で使われた道祖神が残されている。
ここからは大王わさび農場が近いので久し振りに行くことにした。
大王わさび農場で最初に見るのは水車小屋である。
平成元年に黒澤明監督がここで撮影した水車がいまも残っている。
水車と満々と水をたたえてゆったり流れる透き通った二つの川は
いつ来ても心を洗われる気がする。
水車小屋付近には道祖神の石碑が並んでおり、安曇野らしさを表している。
わさび田もいつもと変わらぬ景観を見せてくれている。
観光客も相変わらず多いが、今回は日本語以外の言葉が多くなっていると感じた。
そろそろ夕や夕闇が迫る頃となり、今宵の宿「常念坊に急いだ。
今夜のメインディシュはしゃぶしゃぶで、お酒は大雪渓という冷酒である。
「常念坊」内部の板の間にチェーンソーで彫ったという女性の彫刻が置かれていた。
チェーンソーだけで創ったとは思えない出来栄えで、
どこにでもいろいろな作品を創りだす人がいるものだと思った。
翌日宿の近くにある穂高郷土資料館に行く。ここには「鐘の鳴る丘集会所」がある。
昭和22年(1947)から昭和25年まで600回にわたってNHKから放送されたラジオドラマで
菊田一夫原作「鐘の鳴る丘」の舞台になった建物である。
このドラマは「緑の丘の赤い屋根 とんがり帽子の時計台 鐘が鳴ります キンコンカン
メーメー子山羊も啼いてます 風がそよそよ丘の家 黄色いお窓はおいらの家よ」
の菊田一夫作詞、古関裕而作曲で川田正子が歌ったこの主題歌と共に
戦後直ぐの人間の愛と明日への希望を求めた多くの人々の共感を呼び親しまれた。
小生は今年89才になり、終戦の時は12才だった。
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