[日光]

　曽良旅日記によると芭蕉と曽良は室の八島を出た後、壬生に出て鹿沼に泊まった。翌日は小雨の中を今市から日光に行き東照宮に参拝しその夜は五佐衛門という者の宿に泊まったとある。東照宮参拝の様子を　「おくのほそ道」　では　「卯月朔日、御山に詣拝す。往昔（そのかみ）、此（この）御山を二荒山と書しを、空海大師開基の時、日光と改給う。千歳未来をさとり給うにや、」と現在の観光ガイドのような説明をしている。引き続き　「此御光一天にかヽやきて、恩沢八荒にあふれ、四民安堵の栖（すみか）穏（おだやか）なり。猶（なほ）憚（はばかり）多くて筆をさし置ぬ。　あらたふと　青葉わかばの　日の光　」東照宮の威光は太陽が輝くように天下にあふれ、人々は穏やかに暮らしている。他にもいろいろ書きたいがこれ以上は恐れ多いと記している。

　芭蕉の句碑は東照宮宝物館の脇にあり、昭和３１年に日光市，東照宮，輪王寺，二荒山神社が協同して建てたという。句碑には「あらたふと　青葉わかばの　日乃光」の句が、「芭蕉翁　おくの細みち　日光山の吟」の文字と共に刻まれている。日光出身の洋画家小杉放菴の筆だそうである。この句は室の八嶋で詠んだ　「あらたふと　木の下暗も　日の光」　が原句になっている。
　句碑の後ろには東照宮旧奥社石唐門，石鳥居が復元されて置かれている。これは東照宮奥社の唐門，鳥居が現在の銅製になる前のもので、慶安年間に発生した地震で被害に会い、奥社山中に埋められていたものを発掘し展示したものと案内板に書いてある。宝物館の庭には山岡宗八が書いた小説「徳川家康」の記念碑もあった。

　次に裏見の滝の句碑があるという安良沢小学校に向かった。裏見の滝入口に曲がる広い道路の反対側の細い路地に案内の標識を見つけ、慌てて左折した。曲がりくねった坂を降りた所に校門があった。句碑が何処にあるのか判らず、校庭の方に行き子供達に尋ねたら案内してくれるという。途中から女性の校長先生も加わり案内してもらった所は校門を入って直ぐの校舎の前だった。　「しばらくは　瀧にこもるや　夏(げ）の初（はじめ）」　の句が「芭蕉翁　おくの細道　うらみたきの吟」　の文字と共に刻まれている。これも小杉放菴の揮毫によるものである。

　３つ目の句碑が近くの大日堂跡にあるので、そこに行く道を校長先生に教えて貰い、小学校脇の路地をさらに下る。路は良く整備されていて大谷川に架かる大日橋という歩行者専用に作られたモダンな橋に続く。橋の前に車を２～３台置けるスペースがあった。
　大日堂跡は橋の下の小路をたどった河原近くの、四阿などがしつらえられた園地にあった。昔ここには大日如来の石像を安置した御堂があり、周りは池のある庭園になっていたが明治３５年の大洪水で全て流され、現在は礎石のみになっている。　芭蕉の句碑は園地の崖下に地蔵の石仏が多数建ち並ぶ中央に置かれている。これは明治４２年に建て直されたもので、以前あった句碑が洪水に流されたのを残念に思い、拓本を元にして再建立したといった趣旨が碑蔭に刻まれている。　「あらたふと　青葉若葉の　日の光里」　の句碑である。

　裏見の滝は華厳の滝、霧降の滝とともに日光３名瀑のひとつに挙げられているが、今まで行く機会がなかったので行ってみることにした。駐車場から滝まで約５００メートルの距離で約１５分の道程だが、歩くに従って木立が深く暗くなり沢の水音が激しく、深山幽谷に入り込んだ感じになる。沢に架かる小橋を渡ると正面に裏見の滝が見えて来た。
　滝の間近に行くと本流の外にもあちこちから小さな滝が流れ落ちて水飛沫がかかる。本流の滝は大きくえぐれた滝口から流れ落ちているが、岩にさえぎられて滝壷付近には行かれない。　崖の中腹に人が通れるように掘った跡があり仏像が安置されているが、そこに行く路は崩壊して今は滝の裏側には行けなくなっていた。眺めていると水飛沫で寒くなってくる。江戸時代にはまだ華厳の滝は知られておらず、日光の３名瀑はこの裏見の滝を筆頭に、霧降の滝、寂光の滝を指していた。

　「おくのほそ道」　の日光の段では、「黒髪山は霞かヽりて、雪いまだ白し。」の後に「剃捨（そりすて）て　黒髪山に　衣更（ころもがえ）　　曾良」と句が記され、更に曾良についての紹介文と句の批評がある。即ち、「曽良は河合氏にして惣五郎と云えり。芭蕉の下葉に軒をならべて、予が薪水の労をたすく。このたび松しま・象潟の眺共にせん事を悦び、且は羈旅(きりょ)の難をいたはらんと、旅立暁髪を剃て墨染にさまをかえ、惣五を改て宗悟とす。仍て(よって)黒髪山の句有。｢衣更｣の二字、力ありてきこゆ。」と記している。

　男体山は全山緑樹で包まれているので昔は黒髪山と呼ばれた。萬葉集の柿本人麻呂の歌に、「うばたまの　黒髪山の山菅に　小雨ふりしきふす　ふりしきふすそ思ふ。」というのがある。
　また西行法師も「ながむながむ　散りなんことを君も思へ　黒かみの山に　花咲きにけり」と詠んでいる。しかし日光には曾良の句碑は、ひとつも見当たらないので、曾良のためにも黒髪山即ち男体山を拝まなくてはいけないと思い、裏見の滝から中禅寺まで足を伸ばした。良い天気で男体山は良く見えたが紅葉には未だ早く、僅かに中禅寺の銀杏が色付き始め、駐車場のななかまど，はぜの木だけが赤く染まっていた。　

　芭蕉の頃は馬返しから先の戦場ヶ原方面には行けなかった。曽良旅日記には芭蕉と曽良は東照宮に詣でた翌日（陽暦５月２０日）は快晴だったので、裏見の滝と大日堂の近くにある含満が淵を見物した後、那須･太田原に向かったと記されている。
（Ｈ１５-１０-９訪）

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　注２）青字は「おくのほそ道」にある句です。
　注３）緑字は「おくのほそ道」の文章です。

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