大石田

イバイチの奥の細道漫遊紀行

[ 大石田 ]

H21-11-25作成　

　大石田は尾花沢のすぐ隣の町で車で１０分も掛からない距離である。尾花沢の鈴木清風に是非参詣するように勧められ山寺立石寺を参拝した芭蕉は、山寺から山形に出て、出羽三山に行こうとしていたらしいが、急に予定を変更して大石田に向かっている。これは大石田の俳諧愛好者が熱心に誘い、馬の手配までしてくれたためであるらしい。

　まず句碑のある西光寺に行く。山門にユーモラスな仁王像がある。身の丈１丈２尺（3.6米）あり近郷一の大きさで町の登録文化財になっているとの解説文がある。境内には、おくのほそ道にある　「　五月雨を　あつめて早し　最上川」　の句の基になった「さみだれを　あつめてすゞし　もがミ川」の句碑が屋根で覆われて建ててある。しかしこれは昭和５０年改建の副碑で、芭蕉来訪のおよそ８０年後に土地の俳人土屋只狂という人が最初に建てたものがある筈なのだが、文化財の標識も打ち捨てられていて見ることが出来ず、この西光寺はあまり良い寺とは思えなかった。　

　西光寺を出て最上川に架かる最上川大橋の傍らに車を止め、最上川河畔の堤防の径を「高野一栄亭跡」を見に行く。芭蕉は尾花沢に１０泊の後、当初の予定を変えて山寺に１泊し大石田に来た。大石田では俳人の高野一栄宅に３泊し歌仙を巻いた。おくのほそ道には、「最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。爰（ここ）に古き誹諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、芦角一声の心をやはらげ、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければとわりなき一巻残しぬ。このたびの風流爰に至れり。」　とあるのがそれである。

　

　「高野一栄亭跡」には平成元年に建てられた「芭蕉翁真蹟歌仙“さみだれを”の碑」が有り、「さみだれを　あつめてすゞし　もがミ川　　芭蕉」「岸にほたるを　つなぐ舟杭　一栄」「瓜畠　いさよう空に　影待ちて　　曾良」「里をむかいに　桑の細道　　川水」で始まる四吟歌仙が彫られている。（注：歌仙については尾花沢（１）を参照）
　芭蕉は大石田には知る人も居らず、俳諧が盛んに行われているとは知らなかった。しかし熱心に誘われ来て見ると真摯に俳諧を学ぼうという姿勢の人々に感動して新しい俳諧の道を指導し、歌仙を巻いたと記しているのである。
　

　一栄亭跡から少し街に戻ると乗船寺という寺がある。ここには大石田に終戦直後の２年間滞在した歌人の斉藤茂吉の墓と「最上川　逆白波のたつまでに　ふぶくゆふべとなりにけるかも」という真冬の最上川を歌った歌碑がある。また正岡子規の「ずんずんと　夏を流すや　最上川　　子規」の句碑がある。子規は明治２６年に芭蕉の後を辿り、おくのほそ道の本文にある通りに、大石田から舟で最上川を下った。芭蕉が新庄まで行って本合海から舟で下ったのが知られるのは、昭和１８年に曽良の随行日記が世に出てからのことである。

　大石田で一番の有名人は斉藤茂吉である。茂吉は終戦直後の２年間をこの地で過ごし、代表歌集「白き山」を著わしている。茂吉が過ごした住居は聴禽書屋と命名され、現在は大石田町立歴史民族資料館の一部になっている。茂吉はこの地に来て間も無く、生死の境をさまよう大病で倒れたが、それを乗り越えて後世に残る短歌を多く詠んだのである。聴禽書屋の庭には病が漸く癒えようとした頃の「螢火を　一つ見いでて目守りしが　いざ帰りなむ老の臥処に　茂吉」の歌碑が建てられている。（写真は聴禽書屋と茂吉の歌碑）

　乗船寺の先の最上川河畔に大石田河岸役所跡の標識があり、当時の河岸の状況を堤防壁画で再現している。解説板によると大石田は尾花沢周辺からの米･紅花の一大集積地として、最盛期にはここから酒田まで毎日５００隻あまりの舟が最上川を上下し賑わっていたそうである。河岸からの最上川は川幅も広く水量も多い。しかし梅雨時には更に河川敷いっぱいに水量が増えて解説板のあたりまで川幅が広がるらしく、「五月雨を　集めて早し　最上川」は実感だったのだろう。
　大石田は「かおり風景１００選」の「大石田そばの里」に認定されており、大石田そば街道として多くの手打ちそば屋がある。その中でこの辺りの在来種のそばの来迎寺そばを使用している「来迎寺そば作兵衛」で板そばを食べた。そばの味も良かったが、付け合せに漬物が３品、大きな皿に食べきれないほど出てきてそれの旨かったこと、全部平らげてしまった。

　おくのほそ道には最上川について　「最上川は、みちのくより出でて、山形を水上とす。碁点・隼などいふ恐しき難所あり。」　との記述がある。最上川３難所として知られているのは碁点、三ヶ瀬、隼の三箇所でいずれも岩礁が水面近くまであり、最上藩が開鑿して通れる様になったが、その後も遭難事故が多く発生した所である。場所は上流の村山市と大石田町にあり、芭蕉は実際には見ていない。現在は三難所舟下りの観光船が出ていて往年の面影は無くなっている。大石田から寒河江に戻る時、最上川に沿った国道３４７号線を行くと三難所を見ることが出来るのだが、雨が続いた後だったので水量が多く岩は見えなかった。(写真は碁点の三難所舟下り出発地点と隼付近)

　太平洋側の北上川が関係する石巻･平泉の景観と日本海に注ぐ最上川を酒田にたどる風景は随分違っているようだ。山越えをする前の歌枕をたどり義経を偲ぶ芭蕉と、それから開放されて、最上川舟下り・月山登山などの大自然の中で自分を見つめる芭蕉の内面はだいぶ変ってきており、それが「閑けさや---」「五月雨を---」更に「荒海や---」の素晴らしい句に結実したのだろう。　
　　　　　(H14-10-17訪・H20-4-20再訪)

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注２）　青字は「おくのほそ道」にある句です。
注３）　緑字は「おくのほそ道」の文章です。