下北5

下北・花巻紀行 (5) 花巻②・えさし藤原の里

イバイチの
旅のつれづれ

６．花巻兜跋（とばつ）毘沙門天

　次に今回の花巻訪問のメインの目的である成島兜跋（とばつ）毘沙門天に向かった。毘沙門天（びしゃもんてん）は四天王の一つである多聞天のことで、通常の毘沙門天は天邪鬼（あまのじゃく）という人間の煩悩の象徴である小さな鬼を踏みつけているのだが、鬼の代わりに地天女と呼ばれる大地を現す神の掌に支えられて立っている毘沙門天を兜跋（とばつ）毘沙門天というのである。
　暫らく前、新聞にこの日本一大きいという兜跋毘沙門天の写真と解説が載っていたのを見て、どんなものか見てみたいと思っていた。それを思い出して調べたら花巻から遠野に行く道筋の花巻市東和町にあることが判った。
（写真は雑誌「トランヴェール」に載った成島兜跋（とばつ）毘沙門天）

　毘沙門天は泣き相撲で知られた成島三熊野神社の奥にあり、以前毘沙門天立像が納められていた毘沙門堂は室町時代の建築物ということで国指定重要文化財である。毘沙門天立像も国指定重要文化財だが、毘沙門堂の上方に造られた宝物庫に移されている。

　成島三熊野神社は坂上田村麻呂が熊野三山を祀ったのが開基で、鎮座祭に家臣に相撲を取らせたことが代々受け継がれ、勝った地区が豊作になるという言い伝えが出来、それがもとで流血の争いになったため、以後赤ん坊の相撲になったといわれる。春の大祭には「全国泣き相撲大会」という２歳以下の親に抱かれた赤ちゃんが参加出来、先に泣いた方が負けというユニークな相撲大会である。
（写真は成島三熊野神社本殿と泣き相撲の土俵）

　成島毘沙門堂はこの成島三熊野神社と同じ境内にあるが、以前成島寺と称した寺院の名残だそうで、神社とは別に祀られている。兜跋（とばつ）毘沙門天という地天女に支えられている毘沙門像は昔、西域に兜跋（とばつ）国という国があり敵に攻め滅ぼされる寸前に突然地中から毘沙門天が地天女に押し出されるように姿を現し、国を救ったという中国の唐の時代の伝説があり、それが奈良時代に日本に伝わり、平城京にある羅生門に祀られたのが最初である。東北にはここの成島毘沙門堂と江刺市藤原毘沙門堂の２ヶ所にしか無いそうである。（写真は重要文化財指定の成島毘沙門堂）

　毘沙門堂には本尊の毘沙門天が宝物庫に移されたのでその代りに鏡が飾ってある。案内板に従ってさらに上方に上って行くと、宮沢賢治の「祭日２」という詩碑がある。詩の各節の冒頭には「アナロナビクナビ」とか「ナビクナビアリナリ」とかの呪文のような言葉が出てくるが、これは毘沙門天の陀羅尼（だらに）という呪文のことで、本来は「アリナリトナリアナロナビクナビ」という法華経陀羅尼品（だらにぼん）に出てくる呪文だそうである。熱烈な法華経信者だった賢治でなければ創れないような詩である。「味噌たてまつる」という詩文があるが、毘沙門天の足に味噌を塗り無病息災の祈願をする風習があり、味噌奉納堂というお堂がある。しかし詩文中に「踏まるる天の邪鬼」というのがあるので、兜跋毘沙門天以外の普通の毘沙門天を詠んだという説もあるそうである。（写真は成島毘沙門堂内部と賢治の詩碑）

　宝物殿に着く。拝観料４００円を払って毘沙門天拝観の証という受取を貰い中に入る。中央に欅の一木造りで高さが４.７３メートルあるという兜跋毘沙門天が大きく聳えている。一木造りの毘沙門像では日本最大の像だそうである。左右に尼藍婆（にらんば）、毘藍婆（びらんば）という２鬼を従えている。毘沙門天の顔は思っていたほど強そうではなく、やさしい大男という風貌である。東北には憤怒の形相をしている仏は少ない気がする。

　宝物殿には他に国指定重要文化財の吉祥天が向かって左側に、県指定重要文化財の阿弥陀如来立像が右側に置かれていたが、３．１１の震災で阿弥陀如来立像が倒れて、首が取れてしまっていた。全体として落ち着かない雰囲気を感じたのはそのせいかもしれない。毘沙門天は後方の壁との間に金具が取り付けられ、地震対策が出来ており無事だった。

　しおりの様なものが貰えなかったので、写真か絵葉書が無いのか聞いたら２枚１,５００円の写真があるというのだが、いかにも高いと思って断った。他にはポスターがあるがこれは１,０００円だという。他にも一般の観光客向けのものは置いていないようだった。この仏像は岩手ばかりではなく全国的に知られている仏像であり、遠方から訪れる人もある筈なので、もう少し親切な対応があってしかるべきだと思う。毘沙門天の絵が染められている幟の写真を撮ったが、それ以外の仏像の写真は２００６年１０月に雑誌「トランヴェール」に載った岩手古寺巡礼の特集記事の写真や他のパンフレットの写真がネットにあったのでそれを転載してある。

７．えさし藤原の里

　時間が少しあったので、毘沙門堂の近くにある釜石自動車道の東和ＩＣから高速道で水沢ＩＣまで行き、奥州市の「えさし藤原の里」に行くことにした。
　ここは平成５年のＮＨＫ大河ドラマ「炎立つ（ほむらたつ）」撮影の時に２０ｈａの土地に３６億円を投じて作られた大規模なオープンセットでその後歴史公園として整備された。平安時代の建築群が再現されたテーマパークとしては唯一のもので、来年（2012）の大河ドラマ「平清盛」のロケも行われる。

　入口で見所を尋ねると藤原秀衡の住居を再現した伽羅御所は是非見てほしいとのことだった。平泉の実際の伽羅御所跡には民家が建ち並んでいて、殆んどその痕跡は見られない。だからそれを再現したのではなく、秀衡の居館を想定して奈良、京都の平安時代の寝殿造りの様式を再現したもので、当時の様式をつたえる日本唯一の建造物だということである。その一室には秀衡を中央に、左に泰衡、右に義経を配して平家を討伐する源氏の旗揚げに義経を参陣させる話をしている人形が置かれている。(写真は伽羅御所正面と建物群、およびその一室）

　順路としては入口から最初に壮大な政庁に行くようになっている。平泉の政庁は発掘調査が続けられている柳之御所の筈だが、律令時代の政庁の再現ということで、特に柳之御所を模したものでは無いようである。もう少し重厚な建物だと良いのだが、オープンセットではなかなか費用は掛けられないのだろう。当日は障害者の人たちも見学していた。

　伽羅御所の東側には池を挟んで無量光院がある。平泉の無量光院跡は宇治の平等院を模して造られた広大な寺院跡で建物は失われて付近は田畑になっており、庭園の池跡の島に大きな松が生え茂っているばかりで、静寂な印象だけが残っている。この藤原の里のものは少し小振りで、近くまで立入出来ないようになっているが、平泉の伽羅御所から眺めるのと同じ方角に造られているそうで、当時も同じように見渡せたのかなと思える。

　伽羅御所の奥手の小高い場所に金色堂のセットがある。覆堂が無く金色に輝く、実物より小振りの金色堂である。内部には阿弥陀三尊が祀られているが、当然のこととはいえ実物には及びもつかず、無量光院と同様遠くから眺めるだけの方が想像力を膨らますことが出来る。

　この「えさし藤原の里」には他に初代の清衡とその父の経清の館や伊治城という昔の城柵なども建てられているが、それらは東北藤原時代全般の生活文化などを体感する場所であって、平泉や藤原３代の実際の歴史を知るためには、当時の文物は失われていても、その現地に立って、数少ない遺構、遺跡を巡ることによってしか歴史の重みを感じ、往時を偲ぶことが出来ないのだということを改めて認識させられた。(写真は城柵）
(H23-6-30訪）

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