石巻

　国道４５号線から３９８号線に入り石巻の市街に入ると、石ノ森萬画館の案内と石ノ森章太郎の漫画のキャラクター像が頻繁に出て来る。市街地を抜けると石巻港と北上川が見渡せる小高い丘があるが、そこが芭蕉も訪れたという日和山である。現在は桜とつつじの名所になっている公園だが、入口付近の八重桜が咲く目立つ場所に芭蕉と曾良の像があった。台座にはおくのほそ道紀行三百年記念としておくのほそ道のマップと石巻の段の文章が刻まれている。
　また芭蕉の句碑が丘の頂上付近にある延喜式内社鹿島御児神社の神社境内に、松の根本に抱かれる様にひっそりと置かれている。記された句は　「雲折々　人を休め類　月見可南」　ということだがよく読めない。この句はおくのほそ道に出立する４年前の貞享２年の作で、句集「春の日」に載せられている。この日和山公園には他にも石巻を訪れた宮沢賢治，斉藤茂吉，石川啄木，釈超空，新田次郎などの詩・歌の碑が数多く建っている。

　北上川を見下ろす場所に、伊達政宗の命を受け当時度々洪水を起していた北上川の川幅を広げ、石巻港を奥州屈指の港にした川村孫兵衛重吉の像が立っている。その後、北上川は明治４２年～４３年に大洪水を起したため、明治４４年～昭和９年の長い年月を掛けて開削工事を行って北上川本流の大部分を追波湾に流し、従来の北上川の流量を減らして水害防止を図った。以後石巻湾に注ぐ北上川は旧北上川と呼ばれることになった。

　公園から見下ろす旧北上川には大きな中洲があり、そこにはハリストス教会堂という日本の木造教会堂としては最古の教会堂を移築復元してある。またその真向かいには石ノ森萬画館という「仮面ライダー」「サイボーグ００２」などの作品がある同じ宮城県登米出身の漫画家石ノ森章太郎の宇宙船をかたどった銀色のミュージアムがあり、仮面ライダー世代の人たちには見逃せない場所である。(写真は中州とハリストス教会堂）

　おくのほそ道には、松島を出立した後　「平和泉（ひらいずみ）と心ざし、あねはの松・緒だえの橋など聞伝て、人跡稀に蒭堯（ちとすうじょう＝木こり、猟師の意）の往かふ道そこともわかず、終に路ふみたがえて、石の巻といふ湊に出（いづ）。「こがね花咲」とよみて奉（たてまつり）たる金花山、海上に見わてし、数百の廻船入江につどひ、人家地をあらそひて、竈の煙立つゞけたり。思ひかけず斯る所にも来れる哉と、宿からんとすれど、更に宿かす人なし。漸まどしき小家に一夜をあかして、明れば又しらぬ道まよい行。」　
　と、平泉に行く道を間違えて石巻に行ってしまい、宿もなかなか借りられなかったと記しているが、同行の曾良の日記によれば石巻に行く途中、咽が渇いて家ごとに湯を所望したが断られた。それを道行人のコンノ源太左衛門という武士が憐れんで知人の家に同行して湯を与えるよう頼んでくれた。また四兵へという旅籠に泊まると良いと紹介してくれたとある。

　あねはの松（栗原市）緒だえの橋(大崎市）は両方とも歌枕の地だが、東北自動車道に近い陸羽街道に沿った場所にある。石巻には歌枕もなくて何故立寄ったのか判らないので、港の繁栄振りや支倉常長のローマへの船出の跡を調べたという芭蕉隠密論がまた再燃する場所である。

牡鹿半島

　芭蕉は石巻の段で、「こがね花咲とよみて奉たる金花山、海上に見わたし｣と記しているが、実際は金華山は牡鹿半島の陰に隠れてみることは出来ない。しかし牡鹿半島から女川，雄勝へと北上する国道398号線は南三陸国定公園の中にあり、コバルトラインという愛称がある景色の良い道らしいので、芭蕉が見れなかった金華山を眺めながら行くことにした。
　金華山は周囲約２０キロの小島である。聖武天皇の天平２１年（ 749）に陸奥の国守が朝廷に黄金を献上し、それによって年号を天平勝宝と改めたが、その時金華山に金を司る神を祀り金華山黄金山神社を創建したという。　おくのほそ道の「こがね花咲」とは大友家持の「すめらぎの　御代栄むとあづまなる　みちのくの山にこがね花咲く」を引用したものである。

　牡鹿半島の先端の高台には金華山が一望できる御番所公園がある。ここは仙台藩が黒船を監視するために置いた番所跡を整備した所だが、半島の左右に網地（あじ）島と金華山を臨み風光明媚な所である。遥か下には鮎川港から金華山への定期船が白い航跡を残して紺碧の海上を走っている。コバルトブルーの空と白い雲、ダークブルーの海と島の緑、御番所公園の芝桜のピンクと芝のグリーンなどが日の光の中でまぶしく輝く。金華山港の白い桟橋と金華山黄金山神社の赤い鳥居が豆粒の様に見える。心地よい風に吹かれながらゆったりとした時を過ごす。(写真は御番所公園からの金華山）

　やがてコバルトラインを女川に下る。以前は有料道路だったところで、要所にビューポイントがあり牡鹿半島の左右の入り組んだ海岸線が見渡せ、素晴らしい景色が堪能できた。なおも快適に走り下って女川町に入る。女川港のマリンパル女川おさかな市場で「ほや」が１個４０円で売っていた。「ほや」は海のパイナップルといわれ珍重され、前夜石巻の宿で刺身にしたほやが出て食べた。しかし一日置くと固くて生では食べられないとのことで安くなってしまうらしく、あとは蒸したり塩辛にしたりするそうである。
　女川から国道３９８号線に出て北上し、硯石を産出する雄勝町(現石巻市)から北上町(現石巻市）に入る。途中の海岸線も変化に富み大小の漁港も多く、山影を過ぎると新しい景色が目に入る状況であり、さすがに「走ってみたいドライブコース」の上位に入るだけのことはある。道はやがて海岸から離れ、眼前に新北上川の流れが見えてくる釜谷という地点に出る。

　そこから新北上大橋を渡り左折して国道３９８号線に別れを告げ川沿いの道を河北町(現石巻市）に遡る。この辺りは平地が続き河原には葦がたくさん生えており夕日が沈むころは素晴らしい眺めだろう。晩秋から初冬にかけては茶褐色の葦の茎と葉が岸辺を埋めてその間をゆったりと大河が流れ、見上げれば夕暮れにねぐらに帰る鳥の群れを追って夕焼けが空一面を茜色に染めている。という風景を想像しながら走るうちに国道４５号線に入り、右折して北上川を北上する。この道は一関街道といって石巻と一関を結ぶ幹線であり芭蕉も通った道である。道筋に津山柳津虚空蔵尊の大寺があるが、芭蕉は立寄らなかったらしく曽良も記していない。一関街道は旧北上川との分岐点である津山から国道３４２号線に変わり、旧登米町に続いている。

登米（とよま）

　登米町は登米（とめ）郡登米（とよま）町という読むのに難解な地名である。平成17年に市町村合併で登米（とめ）市になった。おくのほそ道では　「心細き長沼にそふて、戸伊摩と云所に一宿して、平泉に到る。」　とあり、旅篭に宿泊を断られ検断（町役人）の家に泊まったという。国道３４２号線を左折し登米大橋を渡ると、直ぐにその検断の邸跡である北上川の流れのほとりに河東碧梧桐筆の「芭蕉翁一宿之跡」の碑が建っている。
　ここは俳句の盛んなところで、江戸時代から芭蕉が登米に一宿したことに因んだ一宿庵社中を形成している。今でも芭蕉一宿の記念として、毎年６月に登米芭蕉祭俳句大会を行っているそうである。

　登米は江戸時代には城下町として地方の中心であり、明治以後も北上川を利用した水運で繁栄した町で、現在も「みやぎの明治村」として当時の面影をとどめている。
　観光物産センター「遠山之里」から文化財・歴史資料館十数ヵ所を巡るスタンプラリーがあり、教育資料館になっている国重文の旧登米高等尋常小学校，水沢県庁記念館，懐古館，武家屋敷春蘭亭，県重文の警察資料館などがあるがそのいくつかを回りを廻り、最後に芭蕉の碑がある郊外の登米神社に行く。
　ここには芭蕉が登米に一宿した元禄2年（1689）5月13日から81年後の明和７年（1770）5月13日に一宿庵社中が建立した「降津（ふらず）とも　竹植る日は　美能登笠（みのとかさ）」の句碑がある。一宿した日が竹酔日（陰暦5月13日で、この日に竹を植えるとよく茂るという）であったため、この日に最も相応しい句として選定したそうである。(写真は旧登米高等尋常小学校と登米神社の芭蕉句碑）　　（Ｈ１４-５-８訪)

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注２）　青字は「おくのほそ道」にある句です。
注３）　緑字は「おくのほそ道」の文章です。

H21-10-22 作成

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