酒田

イバイチの奥の細道漫遊紀行

[ 酒田 ]

H21-12-２6作成　

　　出羽三山詣りの後、芭蕉一行は鶴岡の長山重行宅で３泊した後、舟で酒田に行き、淵庵不玉（伊藤玄順）宅で２泊して象潟に向かった。象潟からの帰路に再び不玉宅に７泊と酒田では併せて９泊もしている。余程居心地が好かったのだろうが　｢おくほそ道｣　のその間の記述は、酒田の段に　「羽黒を立て、鶴が岡の城下、長山氏重行と云物のふの家にむかへられて、誹諧一巻有。左吉も共に送りぬ。川舟に乗て酒田の湊に下る。淵庵不玉と云医師の許を宿とす。あつみ山や　吹浦かけて　夕すゞみ　　暑き日を　海にいれたり　最上川　」　と簡単に記しているだけである。しかしこれは文の構成上、前段の出羽三山と後段の象潟の印象を強くするためにことさら簡略に記したといわれている。

不玉宅跡・旧鐙屋・山居倉庫

　不玉宅跡は街中にある旧鐙屋の裏手にあり、「芭蕉逗留の地、不玉宅跡、三人の　中に翁や　初真桑　不玉」　と刻んだ碑が建っている。酒田は河村瑞賢が開拓した日本海側の西回り航路によって大いに繁盛したが、そのなかで鐙屋は井原西鶴の｢日本永代蔵｣にも登場する有名な廻船問屋で、現在の屋敷は江戸時代中期のものが残っており、旧鐙屋として国指定史跡になっている。　多くの部屋が連なる建屋には台所にかまどが復元されて料理を運ぶ人形などが置かれている。屋根は｢石置杉皮葺屋根｣と言い杉皮の上には一面にこぶし大の石が置かれ、地震があったらその重みで倒れるのではないかと心配してしまう程である。町人であるため遠慮して瓦葺にしなかったのだと云われている。
　その後山居倉庫とその一隅にある庄内米歴史資料館に行った。本降りになって来た雨の中をケヤキ並木の続く道を歩いて行く。この倉庫は明治時代に作られ、現在も庄内米の保管に使用されている。タールでチャコールグレイに塗られた倉庫群と西風を防ぐケヤキ並木は絶好の被写体で観光マップの表紙にもなっている。

日和山公園

　旧鐙屋から最上川や日本海を見下ろす日和山公園に向かった。丘の下の駐車場に車を止め、公園内に入ると大きな池があり千石舟の模型が浮かんでいる。池の先には酒田繁栄の恩人である河村瑞賢の像が一段と高く建っていた。そろそろ日が傾きかけてきて、現存する最古の洋式木造六角灯台に灯が点り、白い壁面が夕陽に赤く染まっている。

　多くの歌碑，句碑が建ち並ぶ文学の散歩道と言われる坂道を上ると、丘に芭蕉像が建っている。ここには芭蕉の句碑が三つあり、おくのほそ道にある二つ句碑がそれぞれ文字を違えて建ててある。「温海山や　吹くうらかけて　ゆふ涼」　「暑き日を　海に入れたり　もがミ川」。「温海山や---」は象潟から戻った後の句だが、おくのほそ道本文では「あつみ山や　吹浦かけて　夕すずみ」と仮名遣いが違っている。暑そうなあつみ山と涼しそうな吹浦の地名を詠み込んだ句である。芭蕉が酒田、象潟を訪れたのは陽暦の７月２９日から８月１１日迄で、暑い盛りである。「暑き日を---」の句は酒田での最初の俳席での、「涼しさや　海に入たる　最上川」と詠んだものを推敲したもので、二句一対になって暑い夏と自然の雄大な風景をよく表している。

　もうひとつは本間美術館の芭蕉真蹟懐紙から採った　｢あふみや玉志亭にして納涼の佳境瓜をもてなして発句をこふて……｣の前書きの後に、「初真桑　四にや断ン　輪に切ン　はせを」　とあり、以下曽良、不玉、玉志の句、元禄二年晩夏末、と記した銅版が自然石にはめ込まれている。　他には子規の「鳥海に　かたまる雲や　秋日和」、斉藤茂吉の「おほきなる　流となればためらはず　酒田のうみにそそがむとする」、野口雨情の「米ぢゃ庄内　港ぢゃ酒田　日和山まで　船が来る」　など多くの句碑，歌碑があった。

　だいぶ日が落ちてきて最上川，酒田港，日本海が見渡せる公園の最高地点にある夕陽のビューポイントに行く。四阿があり数人の近くの人達が夕陽を見に来ていて、日没の瞬間を待っていた。ようやく辺りが薄暗くなって来ると、眼下の日本海,最上川,酒田港に夕陽の輝きが映り黄金色にきらめいて来る。中天には雲が薄くかかり、茜色に染まり始めた。
日没の風景は一日として同じ状態は無い。一番素晴らしいのは上空が雲で適当に覆われ、夕陽に反射して空全体が夕焼けのあかねになり、それがまた水面に照り返して、見渡す全てのものが輝いて見える時である。その日の夕焼けは最高とまではいかなかったが、雲は輝き、太陽は水平線に沈むところまではっきり眺められ、陽が沈んだ後も暫らく空は赤く染まり続けて夕照の余韻に浸ることが出来た。小１時間も落日を見続けることなど久しくなかったが充分に満足できる夕陽だった。

最上川スワンパーク

　夕陽を待っている間、地元の人がいろいろ話を聞かせてくれた。そのひとつに最上川の中洲に白鳥の飛来地があり、今朝、今年初めての白鳥が約千羽飛来したから見に行くといいよとの話があった。聞けば酒田は白鳥飛来数が日本一で、約一万羽来るのだと言う。

　翌朝、まだ暗い６時前に起き出して最上川スワンパークという白鳥飛来地に行った。近くの駐車場に車を置くと「ぐわっぐわっ」と１千羽の白鳥の鳴く声が喧しく響いてくる。河畔まで行くと枯れた葦や薄が繁茂した中洲周辺に、これも飛来数が日本一といわれる鴨やおしどりの大群に混じって、数十羽づつの群に分れた白鳥が何十メートルも先まで白く続いている。
　やがてようやく明け始めた空に向かい幾つかの群が飛び立ち始めた。飛び立つ方向はすべて最上川上流の朝日が昇る方向である。水を蹴って飛び立った白鳥の群が空一杯に乱舞する様子は、実に壮観そのものである。各白鳥群は１～２回上空を旋回した後、南東の方角に餌を求めて飛び去って行く。

　短い間隔でまた幾つかの新しい群が飛び立ち、その繰返しでほぼ１時間の間に中洲周辺を覆い尽くすほどいた白鳥群は殆ど飛び立ち、川面は残された鴨やおしどりが泳ぎ廻るだけになってしまった。最上川は変らずに悠々と流れ、あの喧騒と乱舞は何だったのかと夢のような気分である。白鳥は夕方まで餌を探して帰らないのだそうである。

　前日のきらめく夕照の美しさと、今朝の朝日を浴びて純白の翼を輝かせ青空に飛び立つ白鳥の躍動感と、対照的な自然の景観を見ることが出来、最上川のゆったりとした流れと共に深く心に残る風景だった。
　　(H15-10-21.22訪)

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注２）　青字は「おくのほそ道」にある句です。
注３）　緑字は「おくのほそ道」の文章です。